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ミワいつか
2006/04/25(Tue)
食べ納め?


朝、待ち望んでいた快晴だった。朝ごはんの後ホントは初日にやりたかった洗濯物を一気に片付ける。たくさんたまっていたので午前中のほとんどを洗濯物に費やしてしまった。干していると昨日と同じベットメイクのおばさんに、これ全部自分で洗ったの?と関心された。そして部屋を出るときにはまた同じようにいつ出発するのか聞いてきた。明日の9時に出るよ、と言っておいた。
フナ広場の北側に広がるスークを抜け出た場所に小さなタジンと魚のフライの置いてある店があった。お昼ごはんを食べる地元の人達で賑わっていた。魚を揚げる匂いと小さなかわいいタジンにつられるようにその店に入り、2階の席で魚のフライを食べつつミニタジンの到着を待つ。しばらくして鳥タジンが到着した。カレー風味のミ二タジン。食堂のローカル感といい、味といいタジン食べ納めに最適なお店だった。魚についてきたししとうのようなものはすごく辛かった。
マラケシュ博物館を通り過ぎ、皮なめし職人地区へ向かう。途中またいつものようにこんにちは、から始まり声をかけて来る人がいた。皮なめしに行くと言うとガイドではないが案内をしてくれるという。あやしみながらも途中まで行くと、別の人が来て今度は彼が連れて行ってくれるよ、と言う。皮なめし職人地区で働くと言うその人は皮なめし職人街ではお金が必要という。お金を払ってでも行くべきかどうしようかかなり迷いながら、お金がないのでガイド無しで自分達で行きたい、案内する、というやり取りがしばらく続いた後、ちょっと強めにやっぱり自分達で行きたい、と断ると、最後には2人とも去っていった。案内する、と言っていた人の戻る後を着いて行くと、その人は私たちがガイドを断ったことに怒っていて来るな、と手を振られてしまった。きっと職人に払わなければいけなかったのはちょっとのお金だったのだろうけど(ガイドブックには10DH程度と書いてあった)。通りすがりにちらっと職人達が皮をなめしているのを覗かせてもらえばそれだけでよかったのに。
また戻ると同じ人に捕まりそうで別の道からひょっこり皮なめし職人が仕事をしているところに出ないかな、と別の道から戻ることにする。戻り道は木工店が軒を並べていた。皮なめし職人街は結局見れなかったけど木工職人街を代わりに見たということにする。けど元の道から行かなかったおかげで今いる場所を見失ってしまった。かなり遠くまで来てしまったらしい。人に聞きつつなんとかフナ広場周辺まで到着する。クトゥビアが見えた。伝統工芸館を目指していた。やっと到着した伝統工芸館にはバブーシュ(皮のスリッパのような靴)や革製品、絨毯、民族楽器などのお店が実演販売をしていた。ぐるっと見て周りこれというものもなかったので一度宿へ戻ることにする。
フナ広場で疲れてしまった体を生絞りオレンジジュースで潤す。皮なめし職人だけが心に引っかかっていた。
今朝も結局タオルがないらしく新しいタオルがもらえなかったのでもう一度もらいに行く。後で持っていくから、といつもの帽子のおじさんが言う。その時におじさんと私が交代しておじさんがあの部屋でいつかちゃんと寝る、というようなことを言っていた。それは困る、と言っておいたが、しばらくしてタオルを届けにきたおじさんは取りに出たいつかちゃんに抱きつきキスをしようとする。必死に逃げるいつかちゃん。こんなにひどくはなかったけどどこかで似たような光景を見た気がした。ジェノバのホテルアストロのおじさんやマルセイユのレストランのおじさん。これから先もまたいつかちゃんがおじさんに言い寄られるところを見るんだろうな、もてるというのも大変だな、と少し離れたところに避難しつつ見守っていた。
いつかちゃんがチェックしていたスークの中のバブーシュのお店にバブーシュを見に行く。帰ったら働く事務所のスリッパにするんだって。いつかちゃんがバブーシュのお金を下ろしに行くのと一緒にスークを後にし、クトゥビアの近くの安めのネットカフェへ行きいつかちゃんを待つ。また交替でネットをする。
そして、夕飯タベ納めのためにフナ広場へ繰り出す。お金を残さないように、と昨日から何度もお金の計算をしていた。2人で50DHの予算だった。レストランよりも安いものがたくさんある、とイメージしていた。
まず最初、羊の脳味噌にチャレンジすることにした。昔スペインでウサギの脳味噌を食べたときに意外と食べれるじゃん、と思いながら内蔵系の味に最後は少し気持ち悪くなったのを覚えていたので少しドキドキする。脳味噌は脳味噌の形のまま出てきた。それと心臓の煮込んだものと足の煮込んだもの。脳味噌だけだと15DH、ミックスは20DHと言われたけどちょっとずつ、とお願いして15DHにしてもらった。脳味噌はウサギの脳味噌とやっぱり似て内臓系の味を感じてしまったので少しだけにしておいた。ほかは普通においしかった。その屋台では一緒にひつじの顔も出していた。顔の状態まんまで煮込まれた羊の顔をお兄さんが手際よくまな板の上で捌いてお皿に盛っていた。意外と顔は肉付がいいみたい。アイスランドでも羊の顔を食べるらしかったけど顔のままんま食べるらしく挑戦できなかった。ここでは捌かれて顔と対面しないで食べれそうだしお皿に盛られたお肉はとてもおいしそうだった。けど予算も限られているし、またモロッコに来たときに挑戦する、と次の店へ行く。
次はもりもりに魚のフライや肉の串刺しやサラダがお皿に盛られている店で少しずつちょこちょこたくさん頼むつもりだった。けど。私達がモロッコで食べ残したものと言えばパスティーリャだった。観光案内所でもらったパンフにも載っていたし、モスクのガイドさんも言っていた。モロッコを代表する食べ物なんだろうな。その店にもパスティーリャは置いてあった。看板をみると25と見えたので2.5DHかと思ったら25DHだった。高い!普通にレストランでタジンを頼むのと同じぐらいかそれ以上じゃん!と少し迷うけどここへ来て食べ逃すのは、と注文することにする。値段の読みを誤った。多分ここは地元の人たちの生活の場としての市場というより観光スポットとしての市場の観光価格なのかな。市場って安いのが魅力だと思うのに。一気にガッカリする。パスティーリャは粉砂糖の掛かったひき肉が入ったパイのような餃子のようなお菓子なんだかおかずなんだかよくわからない不思議な食べ物だった。でも向かいに座ったカップルがイカのフライを味見させてくれたし、付け合せのオリーブもお金とられたらどうしようと思ったけどとられなかったしなんとかクリア。となりの白人の家族がタジンを頼んでいたけど、とんがり帽のタジンの器は出てこず、小さなお皿に盛られていた。それでも25DH。お昼のタジンの方がよっぽど素敵。でも、小さなお皿に盛られていたクスクスはおいしそうだったなぁ、、、
残りのお金は22DH。地球の歩き方にはウインナーの屋台が10DHでもりもりに食べれる、とあってそれを読んだときから気になっていたのでウインナーの屋台へ行く。
ウインナーを注文すると、15DHという。もう残り7DH。市場はここでおしまいだった。ウインナーはおいしかった。けど悲しかった。全部の屋台でパンが出たのでお腹は膨れたけど気持ちは膨れなかった。
しゅんとして宿に戻る途中、売店でクッキー2つとモロッコで何回か飲んだシュウェップスという炭酸のジュースを買って7DH。タクシー代を残して全部使いきる。不完全燃焼。またモロッコに来ることが出来たらそのときは値段の読みを誤らず、羊の顔も串刺しもサラダも魚のフライも全部食べたい。食べつくしたい。

 
 
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