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ミワいつか
2006/02/23(Thu)
さよならモンゴルありがとうモンゴル


寝不足ながらも朝9時ごろ起き、朝ごはんをいただいていつかちゃんが知り合いに是非行っておいでといわれたアジア太平洋子ども会議のモンゴル事務局へ向かう。
いろいろなクラスがあるらしく楽器の音や歌が聞こえる。案内された部屋へ行くとそこには会長がいて、ボロルさん通訳のもと会長さんといつかちゃんでいつかちゃんがかかわってた太宰府のプロジェクトについて話をしていた。その3人の会話は大人のようで(って大人だけど)ちょっとかっこよかった。しかし多忙な会長さんは急に用事ができてしまい会見は数分ぐらいで終わってしまい、今度こそネットワークが回復していることを祈りアイリッシュパブへ。なんと!またつながらない!!のでもう出発まで時間ないし私は待機して直るのを待って、いつかちゃんはまた別のネットカフェへ。30分ほどしてようやく直りHPをアップしたり書き溜めた日記をアップしたり。でも結局ontimeにはならず、時間が来たのでウランバートルの駅に向かう。
今まですごくお世話になったボロルさんともお別れ。ボロルさんの作る料理は全部美味しかったし、言葉の問題がないというのは英語もまったく通じなかったこのアジアを旅するに当たって、すごく助かった!いつか料理のお店を出すのが夢という。日本でもモンゴルでもお店出したときは絶対かけつけよう。ホントにお世話になりました。
今回イルクーツクまでは一等車で二人部屋。ちょっとグレードの高い車内に感激!がやっぱり寝不足ですぐに寝てしまった。
目が覚めると景色が一変していた。いままでのモンゴルの景色は薄黄緑のような枯れ葉の大地にところどころ雪が見える程度。今見えている景色はもう一面の雪。ボロルさんの持たせてもらったおにぎりをほおばる。
梅酒のような甘くておいしいモンゴルのお酒(なんかの実のワイン)を飲みながら夕食。チャンピオンズリーグの疲れ(?)もあってぐっすり眠る。
モンゴルはボロルさんやエルデネさんのおかげで安心して旅をすることができた。冬のモンゴルはこれはこれでよかったけどいつか夏のモンゴルに来たい!青い草原の時にまたきたい!
12時近くになってロシア国境付近になり、パスポートコントロールやらなんやらがあって、かなり厳重な感じでくのいちみたいなロシア人の女の人が天井裏まで覗いてチェックをしていた。でもホント眠くて半分眠りながらロシア入国となった。


また来ます、モンゴル!


9時前に起床。朝ごはんに小麦粉を薄くのばして焼いたシャイルビンとボロルさんバージョンの肉入りシャイルビンをいただく。ご飯を食べて荷造りをしながら10時前にボロルさんに一件アポの電話をお願いする。NPOアジア太平洋こども会議イン福岡のモンゴルの事務局への電話。NPOアジア太平洋こども会議イン福岡は、こども大使と呼ばれる11歳のこどもたちをアジア太平洋地域の各国から招聘して一定期間キャンプやホームステイなどの経験をされるプログラムを実施している。私は立ち上げにしか関わることができなかったが、この6月のW杯期間には、福岡は太宰府の九州国立博物館で「アジア代表日本」という日比野さんが企画したサッカーとアートのプロジェクトが開催される。アジアの玄関口大宰府で開かれるプロジェクトということで以前からお世話になっているアジア太平洋こども会議も協力してくださっている。今回私がいろいろな国を訪れるということで、こども会議の専務理事の安川さんが是非連絡をとるように促してくださった。ボロルさんに電話をしてもらうと、早速11時に約束ができた。お世話になったボロルさんのお父さんに挨拶をすると「月に1回来れば、1年に12回会えるね。またいつでも来なさい。」と言ってくださる。モンゴル事務局の場所は私たちがネットをしに行っていたIrishi Pubのすぐ側だった。Children's Palaceという子どもたちが歌や、踊りなどを習うところの会長さんが兼任していらっしゃるようだ。突然のアポにも関わらず、会長のIshtsogさんの部屋に通され、快く対応してくださる。日比野事務所でのこと、今年の夏に行われるこども会議のこと、6月のサッカーとアートの企画のことなどの話する。すべてボロルさんに同時通訳してもらったので、短い時間でとてもスムーズに話ができる。福岡の安川さんとは長い付き合いのようで、どことなく穏やかな雰囲気が安川さんに似ていた。会長さんに急用が入り、「アジア代表日本」の企画のお願い事項だけして私達も失礼する。

シベリア鉄道の出発は13時50分。再びネットの接続を試みるためにIrish Barに向かうがまたつながらない。すぐにつなげるようにしますという昨日と同じ店員さんの言葉がどうにも信じられず、時間もないので、私だけネットカフェに移動してメールだけチェックする。その間Irish Barに残ったミワの方もつなげたようで、日記の全部がアップできないものの、ようやくWEBの更新ができた。急いで駅に向かうとすでに電車は到着していた。ウランバートルからイルクーツクまでの電車は代理店の手違いというか、1等の2名で使う部屋か、もしくは4名用の2等を4名分の料金を払って2人で使用するしかない、結局は1等の方が安くつくとの理由で、1人2万円の代金にもっと安い方法がありそうなのにと思いながら豪華に1等となった。さすがは1等。木目調の高級な雰囲気で部屋に洗面所も付いているし、カップやお湯を入れるためのポットなんかも用意されている。部屋に電源もあって、トイレもきれいだった。早速お昼にし、ボロルさんがつくってくれたおにぎり(私より握るの上手!)を、ピクルスとカップ麺と梅酒のようなモンゴルの果実酒で乾杯しながら、ほおばる。ウランバートル駅まで送ってくれたボロルさん。美味しい手料理を何度ご馳走になったのでしょう。今度は日本で会いたいな。

ミワが昼寝をしている間にパソコンで日記を書く。車窓を眺めながらの久々にゆっくりとした幸せな時間が訪れる。車掌さんは中国系の男性で「朝青龍!横綱!」と言って部屋の前を通り過ぎていった。夕日を眺め、暗くなった頃にパスポートコントロールとコンパートメントチェック。軍服を着た厳しい面持ちのロシア人美女が部屋にやって来た。にこりともしてくれない。列車は長い時間停車している。気づいたときにはもう遅かった、またトイレに行けない!ボーダー付近ではトイレに隠れることができないようにだからだろうか、数時間もの間トイレが使えなくなる。夜中というか明け方にそろそろトイレにいけるかなと思って廊下に出た私に、パジャマを来たドイツ人の女性がうつろな目で「トイレでしょ?使えないよ。」と言ってきた。
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